終わりの日

誰も真面目に調べない終末論、聖書預言の考察

日ユ同祖論とエフライムについて

 

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ずいぶん昔から日ユ同祖論という考え方が存在してまして、ネット上には失われた十氏族の一つエフライム族が日本人の祖先だという説が割と語られています。
(日ユ同祖論についてはいくらでも書いている人がいますので詳しくはググってください!)


しかしながら、日本の現状を見ていますと、偶像だらけでイスラエルの神の教えなんて何一つ守っていません。
偶像を拝みながらいったいどういう心境でこんな説を広めてるのかわからないですが「神の民」の肩書だけほしいんでしょうか?
それは通用しないと思いますよ~。

エフライムはヨセフとその妻アセナトの子の一人でした。
アセナトはエジプトの祭司ポティ・フェラの娘であり、すなわち当時のエジプト人で、マナセとエフライムにはエジプト人の血が入っていました。

そしてアセナトは祭司の娘というぐらいだからエジプトの神々や風習をマナセとエフライムに教え込んだはずです。
そんなわけでエフライム族の指導した北イスラエル王国は早々に偶像崇拝に陥り、アッシリアに蹴散らされました。

当時のエジプト人は日本人の先祖であるという説もあるようです。



そしてブネイ・メナシェというマナセ族の末裔であるという伝承を持つ民族がインド北東部で見つかっています。

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日本語しゃべっても全然おかしくない顔だちしてますね。
ブネイ・メナシェの人たちは宣教によってほぼ全員がキリスト教またはユダヤ教に改宗したそうです。

ブネイ・メナシェ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%8D%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%82%A7




さて、エフライムについて聖書はどのように書いているでしょうか?
主にホセア書などに書かれていますが、見てみましょう。


↓以下、神様のエフライム族への評価

Isa 28:1  エフライムの酔いどれの誇る冠と、酒におぼれた者の肥えた谷のかしらにあるしぼみゆく花の美しい飾りは、わざわいだ。
Isa 28:2  見よ、主はひとりの力ある強い者を持っておられる。これはひょうをまじえた暴風のように、破り、そこなう暴風雨のように、大水のあふれみなぎる暴風のように、それを激しく地に投げうつ。
Isa 28:3  エフライムの酔いどれの誇る冠は足で踏みにじられる。

完全に酔っ払い扱いです。


Hos 4:17  エフライムは偶像に結びつらなった。そのなすにまかせよ。
Hos 4:18  彼らは酒宴のとりことなり、淫行にふけっている。彼らはその光栄よりも恥を愛する。
Hos 4:19  風はその翼に彼らを包んだ。彼らはその祭壇のゆえに恥を受ける。

エフライムは偶像崇拝者だったようです。おそらくエジプトの神々を持ち込んだのでしょう。

また、エフライムはバアルも拝んでいたようです。

Hos 8:5  サマリヤよ、わたしはあなたの子牛を忌みきらう。わたしの怒りは彼らに向かって燃える。彼らはいつになればイスラエルで罪なき者となるであろうか。
Hos 8:6  これは工人の作ったもので、神ではない。サマリヤの子牛は砕けて粉となる。



Hos 12:1  エフライムはひねもす風を牧し、東風を追い、偽りと暴虐とを増し加え、アッスリヤと取引をなし、油をエジプトに送った。

Hos 12:8  エフライムは言った、「まことにわたしは富める者となった。わたしは自分のために財宝を得た」と。しかし彼のすべての富もその犯した罪をつぐなうことはできない。

エフライムはお金持ちだったようですね。


Hos 12:9  わたしはエジプトの国を出たときから、あなたの神、主である。わたしは祭の日のように、再びあなたを天幕に住まわせよう。

ここはイスラエル王国を失ったことについて書かれているのでしょうが、もしエフライム=日本なら今後日本人はテント暮らしになる可能性もあります。


Hos 12:14  エフライムはいたく主を怒らせた。それゆえ主はその血のとがを彼の上にのこし、そのはずかしめを彼に返される。

なんにせよ神様のエフライムへの評価は非常に悪いです。

Hos 13:1  エフライムが物言えば、人々はおののいた。彼はイスラエルの中に自分を高くした。しかし彼はバアルによって罪を犯して死んだ。
Hos 13:2  そして彼らは今もなおますます罪を犯し、その銀をもって自分のために像を鋳、巧みに偶像を造る。これは皆工人のわざである。彼らは言う、これに犠牲をささげよ、人々は子牛に口づけせよと。
Hos 13:3  それゆえ彼らは朝の霧のように、すみやかに消えうせる露のように、打ち場から風に吹き去られるもみがらのように、また窓から出て行く煙のようになる。
Hos 13:4  わたしはエジプトの国を出てからこのかた、あなたの神、主である。あなたはわたしのほかに神を知らない。わたしのほかに救う者はない。

神様にはっきりと死んだと宣言されているのがなんともいえません。


Hos 14:1  イスラエルよ、あなたの神、主に帰れ。あなたは自分の不義によって、つまずいたからだ。
Hos 14:2  あなたがたは言葉を携えて、主に帰って言え、「不義はことごとくゆるして、よきものを受けいれてください。わたしたちは自分のくちびるの実をささげます。
Hos 14:3  アッスリヤはわたしたちを助けず、わたしたちは馬に乗りません。わたしたちはもはや自分たちの手のわざに向かって『われわれの神』とは言いません。みなしごはあなたによって、あわれみを得るでしょう」。
Hos 14:4  わたしは彼らのそむきをいやし、喜んでこれを愛する。わたしの怒りは彼らを離れ去ったからである。
Hos 14:5  わたしはイスラエルに対しては露のようになる。彼はゆりのように花咲き、ポプラのように根を張り、
Hos 14:6  その枝は茂りひろがり、その麗しさはオリブの木のように、そのかんばしさはレバノンのようになる。
Hos 14:7  彼らは帰って来て、わが陰に住み、園のように栄え、ぶどうの木のように花咲き、そのかんばしさはレバノンの酒のようになる。
Hos 14:8  エフライムよ、わたしは偶像となんの係わりがあろうか。あなたに答え、あなたを顧みる者はわたしである。わたしは緑のいとすぎのようだ。あなたはわたしから実を得る。
Hos 14:9  知恵のある者はだれか。その人にこれらのことを悟らせよ。悟りある者はだれか。その人にこれらのことを知らせよ。主の道は直く、正しき者はこれを歩む。しかし罪びとはこれにつまずく。


さらに注目すべきは黙示録7章です。終わりの日に神の印を押されるイスラエルの人々について書かれている箇所です。

Rev 7:4  わたしは印をおされた者の数を聞いたが、イスラエルの子らのすべての部族のうち、印をおされた者は十四万四千人であった。
Rev 7:5  ユダの部族のうち、一万二千人が印をおされ、ルベンの部族のうち、一万二千人、ガドの部族のうち、一万二千人、
Rev 7:6  アセルの部族のうち、一万二千人、ナフタリの部族のうち、一万二千人、マナセの部族のうち、一万二千人、
Rev 7:7  シメオンの部族のうち、一万二千人、レビの部族のうち、一万二千人、イサカルの部族のうち、一万二千人、
Rev 7:8  ゼブルンの部族のうち、一万二千人、ヨセフの部族のうち、一万二千人、ベニヤミンの部族のうち、一万二千人が印をおされた。

なんとここにはエフライムの名前がないんですね。マナセとヨセフはあるのに……。

 

ところで、ヨセフにはマナセとエフライムの他にもたくさん子供が生まれたと思われます。創世記48章を見てみると、エジプトで死を迎えようとしていたイスラエル(ヤコブ)が自分の子供たちを祝福するシーンが出てきますが、彼はそこでマナセエフライムを自分の子(イスラエル12支族)とすることをヨセフに告げています。が、その後に生まれてくるヨセフの子らについてはそれぞれ12支族のいずれかを名乗るようにと伝えています。

 

Gen 48:5  エジプトにいるあなたの所にわたしが来る前に、エジプトの国で生れたあなたのふたりの子はいまわたしの子とします。すなわちエフライムマナセとはルベンとシメオンと同じようにわたしの子とします。
Gen 48:6  ただし彼らの後にあなたに生れた子らはあなたのものとなります。しかし、その嗣業はその兄弟の名で呼ばれるでしょう。

 

つまり、黙示録7章のわざわざ「ヨセフの部族」と書かれている集団はマナセとエフライムの後にヨセフに授かった子らの子孫であり、エフライムは含まれないものと考えられます。この144000人の中にエフライムは含まれないと思われます。



バプテスマのヨハネも自分たちはアブラハムの子だと豪語するパリサイ人たちに神の目からは「まむしの子」であることをはっきり伝えていましたね。

Mat 3:7  ヨハネは、パリサイ人やサドカイ人が大ぜいバプテスマを受けようとしてきたのを見て、彼らに言った、「まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、おまえたちはのがれられると、だれが教えたのか。
Mat 3:8  だから、悔改めにふさわしい実を結べ。
Mat 3:9  自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく、神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。


自分たちの父にはエフライムがあるなどと思ってもみるなということです。

そのような肩書は、信仰がなければ何の役にも立たないということです。

 

そんなエフライム族であっても、ホセア書14:8に書いてあるように神様は顧みてくださいます。最後の7年間に突入すれば、遅かれ早かれすべての人が手も足も出せない事態に陥ることでしょう。その時に神の名を呼び求める者はすべて救われます。今は科学の時代だ、神なんて信じないとおっしゃる方々もこれだけは覚えておきましょう。

 

↓↓大変なことになった参考記事

日本人とカナン人の関係について - 終わりの日

 

Joh 8:39  彼らはイエスに答えて言った、「わたしたちの父はアブラハムである」。イエスは彼らに言われた、「もしアブラハムの子であるなら、アブラハムのわざをするがよい。



おしまい。